大判例

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仙台高等裁判所 昭和37年(ネ)54号 判決 1963年2月28日

控訴人(原告) 鎌田治子 外一名

被控訴人(被告) 宮城県

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人らの連帯負担とする。

事実

控訴人ら代理人は「原判決中控訴人鎌田治子に関する部分及び控訴人芳賀雅子敗訴の部分を取り消す。被控訴人は、控訴人鎌田治子に対し、金九六〇円及びこれに対する昭和三五年一二月一八日以降完済に至るまで年五分の金員を、控訴人芳賀雅子に対し、金一、二〇〇円及びこれに対する昭和三五年一二月一八日以降完済に至るまで年五分の金員をそれぞれ支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張及び証拠関係は、つぎに述べる点のほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

控訴人ら代理人の主張

本件日直手当請求権の消滅時効については、会計法第三〇条の適用を受け、その請求権はまだ消滅に至らないものである。

(一)  国家公務員法、地方公務員法の解釈

原判決は、地方公務員については、地方公務員法第五八条により労働基準法第一一五条が適用されるという。しかしこれは、公務関係の本質、公務員法(以下公務員法とは、国家公務員法、地方公務員法を含めての意味)の精神、地方公務員法第五八条の解釈を誤つたものである。

(1)  公務関係の本質

公務員は、国民の公務員でありその任免は国民の固有の権利とされ、公務員は、国民全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者でない。(憲法第一五条)従つて、公務員の奉仕する対象は、国民全体であるから、公務員の使用者は国民全体である。これは近代的公務員観念の基本原則である。

そこで問題となるのは使用者たる国民全体と公務員の公務関係である。一般私企業であれば、使用者の自然的意思が法律的意思になり、労働者との間で雇傭契約が締結され、労働協約、就業規則に従つて労働関係が成立するけれども、国民全体と公務員の場合は、国民の意思が憲法に規定する一定の手続を経て、国家意思を形成し、その意思が公務員法から給与法、給与準則或いは条例から人事委員会規則に具体化され、それに従つて国民全体と公務員との公務関係が成立している。公務員法には給与、服務、分限、懲戒、保障その他の労働関係について詳細な規定を設けているのもこれら公務員の本質に基づくものであつて、一般私企業と異なるのである。

(2)  公務員法の精神

公務員は、憲法第二八条の勤労者であるから、一般勤労者と本質的に相違していない。従つて給与の消滅時効について異なる議論が生じないと形式的論理で律するとするならば、これは右の公務関係の本質を理解しないものであるとともに、公務員法の解釈を誤つたものである。

そもそも現行公務員法は、昭和二三年七月二二日付マツカーサ書簡が「政府における職員関係と私企業における労働者関係の区別が著しく明確を欠いている。」と断じ、公務員法の改正を要求したので、これに基づいていわゆる政令第二〇一号が発布され、ついで国家公務員法の改正、地方公務員法の制定となつたのである。このような経過によつて誕生した現行公務員法の内容をみると人事院(人事委員会、公平委員会)の組織権限が強化され(国家公務員法第三条、地方公務員法第八条)公務員の団結権、団体交渉権、争議権政治活動の制限禁止が強化されている。従つて公務員が憲法第二八条の勤労者であつても、私企業の勤労者が有する諸権利が制限されている反面、人事院等の組織、権限が強化され公務員給与、労働条件等が保障されているのである。本件日直手当も、宮城県人事委員会規則七―一七によつて控訴人らに支給されているのであつて、右公務員法の精神の例外をなすものでない。

それ故、原判決のように、文理解釈により条文上の操作をすることなく、勤労者たる公務員として、国あるいは地方公共団体との間に生ずる公務関係の問題はすべて本質的なものから統一的に解釈しなければならない。

(3)  地方公務員法第五八条の解釈

国家公務員法附則第一六条によると国家公務員の一般職の職員には、労働三法及び船員法並びにこれに基づく命令は、適用しないと規定しているが、しかし国家公務員法第一次改正法律附則第三条では一般職に属する職員に関しては別に法律が制定実施されるまでの間、国家公務員法の精神に牴触せず、且つ同法に基づく法律または人事院規則で定められた事項に矛盾しない範囲内において、労働基準法並びにこれらに基づく命令の規定を準用するとある。

地方公務員については、地方公務員法第五八条第一項には、労働組合法と労働関係調整法は適用されないことが規定されているが、労働基準法についてはなんら触れていない。右地方公務員法第五八条第二項には労働基準法中の適用されない条文が規定されているが、これは地方公務員法の精神に牴触するか、あるいは、人事委員会規則に矛盾する条文を例示的に列挙したものであつて、これ以外にも解釈上、右に関係する条文があれば当然適用してはならないのである。又前記第五八条第三項では、仕事の性質上、地方公共団体の利害に直接関係しない公務員については、同条第二項で、労働基準法中の不適用になつている条文を適用しても差支えない旨規定されている。現業公務員については、非現業公務員と別個の取扱いをしているのも、この趣旨による。これは地方公務員法の精神に牴触する度合あるいは人事委員会規則に矛盾する度合が少ないからであつて、これと反対の場合は、逆に解釈によつて不適用の条文を拡張しても差支えないのである。すなわち公務員は、憲法第二八条の「勤労者」に該当し、勤労条件も憲法第二七条の「勤労条件」に該当することは、勿論であるが、さきに詳論したように公務員関係の本質より見て私企業における勤労者、あるいは勤労条件と、公務員のそれとでは、解釈上、本質的差異を認めなければならないが、国家公務員と地方公務員の間は本質的差異はなく(公務員の取り扱う仕事が国の事務が、地方公共団体の事務かの差異による)まして母胎を同じくして誕生した国家公務員法、地方公務員法の共通した精神よりみても、右のように同一に解釈すべきだからである。

(4)  労働基準法第一一五条を本件に適用することは、公務員法の精神に牴触する。

公務員と国あるいは地方公共団体との関係は、その本質上立法形式によつている。とくに給与については、給与準則(国家公務員法第六三条ないし第六七条)あるいは条例(地方公務員法第二四条ないし第二六条)等別個の立法形式をとり、広範囲にわたり、人事院あるいは人事委員会の関与を認めている。その理由は、公務員が公務員法の精神(国家公務員法第一条、地方公務員法第一条)を貫くため、安心して、職務に専念できるように保障したことにある。すなわち公務員は、私企業の勤労者と異なり、国民より選任され国民全体のため、国民全体の事務を処理するため責任の度合が強く、従つてそれに支払われる対価は、立法形式だけでは足りず、更に人事院、人事委員会の強力な関与を認めて、これを保障したのである。本件日直手当も地方公務員法第二五条第二項第三号に規定する給与であるから右の例外となるものでない。そこで保障とはなにかといえば、給与請求権の発生から消滅まで公務員及びこれを補う他の公法並びにこれらの条例、命令、規則によつて裏付けされていることを意味する。それにもかかわらず、給与請求権の消滅だけになんの理由もなく、労働基準法第一一五条を適用することは、明らかに右公務員法の精神と牴触するものといわなければならない。

(二)  会計法第三〇条の沿革

明治会計法は、公法上の債権たると、私法上の債権たるとを問わず、国に関する金銭債権の消滅時効について、画一主義をとり、すべて五年とした(第一八条、第一九条)。この時効制度は、前近代的であり、当時の実情にそわないため、大正一〇年にその全面改正が行なわれた。(以下前会計法という。)前会計法第三二条には「金銭の給付を目的とする政府の権利にして時効に関し、他の法律に規定なきときは、五年間之を行わざるに因りて消滅す。政府に対する権利にして金銭の給付を目的とするものに付亦同じ。」と規定し、従来の画一主義は廃されたのである。その結果、前会計法の時効に関する規定は公法上の金銭債権に限定され、それがそのまま(政府が国と替つただけ)現行会計法第三〇条に承継されたのである。従つて公法上の債権であれば、権利者が国あるいは私人の別なく、他の法律に別段の定めがない限り、五年間の不行使で消滅することになつた。私法上の債権はそれぞれの私法によるべきで、会計法の領域外となつたのである。

(三)  会計法第三〇条の「他の法律」の意義

会計法の規定は右の沿革に照らしても、公法上の金銭債権の時効について一般的原則を定めたものであることが明らかである。しかし同法第三〇条の「他の法律」の例外的存在が拡大されればこの原則的規定の意味が滅却される。同条の予定している金銭債権は、公法上のものに限り、労働基準法は同法の「他の法律」に含まれないのである。

大正一〇年改正の前会計法では「政府の権利」あるいは「政府に対する権利」で、時効に関し、他の法律に規定のない場合として私法上の債権は一切ボイコツトし、公法上の債権でも他の法律に規定ある場合はその法律によれとしたのである。これにあたる法律は、郵便法第三条、公衆電気通信法第八〇条、国債に関する法律第九条、その他恩給法、厚生年金法多数存在している。従つてこの段階ではじめて会計法上時効が問題となる公法上の債権と私法上の債権が区別され、公法上の債権の時効に関する一般規定となつたのである。それがそのまま現行法に承継されたのであるから新たな解釈の生ずる余地は全くない。

仮に「他の法律」に私法等が含まれるとしても、私法上の債権(私法に発生原因をおく債権)については、商法その他の特別法に規定があり、更に民法が補充的に一般原則を定めているから会計法の適用は全くなく、従つて公法上の債権に限定されるのである。

(四)  宿日直料給付請求権の性質

宿日直は、勤務時間外に本来の勤務に従事しないで行う庁舎、設備、備品、書類等の保全、外部との連絡、文書の授受及び庁内の監視を目的とする勤務であり、宿日直料はそれに対して支払われる対価である。かつ小額で実費弁償的給付であるから本来の賃金ではない。しかし公法上の原因に基づく一種の給与である。すなわち、宿日直は、教育委員会の管理権(地方教員行政の組織運営に関する法律第二三条)命令、監督権(同法第四三条)校長の監督権(学校教育法第二八条第二項)教師の上司の命令を守る義務等に基づき、教育委員会から学校管理権を委任された校長が教師に命令してさせるのである。それに対する対価は宿日直手当として給付されるが、その根拠法は、いずれも公法である。従つて本件日直手当請求権は公法上の債権であることは当然で労働基準法による債権でないことは、明白である。

(五)  異なる法律によつて生じた債権が異なる法律によつて消滅することはあり得ない。

仮に会計法第三〇条の「他の法律」の中に労働基準法が含まれるとしても、右のように本件日直手当請求権は、地方公務員法に基づく学校職員の給与に関する条例、人事委員会規則七―一七「宿日直手当の支給」第三条によつて生じた債権である。これは労働基準法と性格の異なる純然たる公法であり、これによつて生じた債権が何故労働基準法によつて消滅するのかその理由が判らない。権利変動は、同一性格を有する法律内の問題である。仮りに労働基準法が公法という解釈をとつたとしても同様であり、まして、同法は、私法的性格の強い社会法と言われる範ちゆうに属し、特に同法第一一五条は、民法第一七四条一六七条等の特別規定である。

労働基準法第一一五条には「この法律の規定による賃金、災害補償その他の請求権は………」と規定されている。これは労働基準法の規定によつて生じた債権という意味である。けだし法律学上「よる」とは因果関係を意味するからである。しかして教師の日直手当は賃金に含まれないことは前述のとおりでありその他労働基準法のどの規定からも生じないものである。

(六)  本件の日直手当請求権のような債権に関する事項を記載してある文書の保存期間は、官公庁では五年以上に定められている。そもそも文書の保存期間は文書に記載されている内容の不明確化及び証拠の稀薄化を防止するためである。従つて時効制度と目的を同じくするものである。そうであるとすれば、本件債権を記載した文書の保存期間も五年以上になつているので、本件債権が二年で消滅時効にかかる理由はない。

被控訴代理人の主張

(一)  国家公務員、地方公務員ともに、労働基準法第一一五条の適用又は準用あることについては、文理解釈上明白である。又公務員と公共企業体、地方公営企業の職員との間に、同条の適用につき差異を設ける必要のないことは、公務員の本質並びに公務員に関する法規、労働基準法の精神よりみても疑の余地がない。

(二)  会計法第三〇条の「他の法律」とは会計法以外の一切の法律を指し、公法、私法を問わないことは、学説、判例の示すところであり、労働基準法第一一五条は右の他の法律に該当することは勿論のことである。

(三)  宿日直手当は労働基準法上の賃金でないと控訴人は主張するが、同法第一一条には「この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対価として使用者が労働者に支払うべきものをいう。」と賃金を定義しており日直は勤務者である教師が、勤務時間外に庁舎、備品、書類等の保全、管理、外来者との応接、庁舎の監視等を目的とする勤務とする勤務であつて、一種の労働であり、日直手当は、その対価として支払われるもので、実費弁償ではなく、同法の賃金に該当する。従つて本件日直手当請求権に労働基準法第一一五条の適用あることは、明白である。

理由

当裁判所は、つぎの点を付加するほか、原判決説示と判断を同じうするので、原判決記載の事実の認定並びに法律上の判断を当裁判所の判決理由として、ここに引用する。

付加する点はつぎのとおりである。

会計法第三〇条の「他の法律」とは、私法、公法を問わず、会計法以外の他の一切の法律を指し、時効に関し、他の法律に規定ある場合には、同条の適用を排除したものである。労働基準法も勿論同条にいう他の法律に該当し、公法に限り労働基準法は含まれないとの控訴人らの主張は、独自の見解といわねばならぬ。地方公務員法第五八条第一項によれば、いわゆる労働三法のうち労働組合法および労働関係調整法並びにこれらに基づく命令の規定は、職員に関して適用しないことを明言し、同条第二項では、労働基準法のうち特定の規定のみその適用を除外している。このことは文理解釈上、同法が原則として地方公務員法の適用を受ける一般職の地方公務員(地方教育公務員をも含む)に適用されるものと解すべきで、賃金等の請求権の時効に関する労働基準法第一一五条は、適用を除外されていないからその適用を受ける。控訴人らは、解釈上、同条の適用を除外すべきであると主張するが、明文をもつて除外するものを規定している条文について、更に解釈によつて除外するものを加えることは、法解釈上相当ではなく、本件においては、その必要も認められない。又控訴人らの請求している本件日直手当は、いわゆる実費弁償ではなく、その額の如何を問わず、控訴人らが、日直をしたことに対する労働の対価として、支払われるものであるから、労働基準法にいう賃金に該当するものと解すべく前記第一一五条によれば、賃金等の請求権は、二年間これを行わない場合においては、時効によつて消滅すると規定している。従つて会計法第三〇条にいわゆる他の法律に規定がある場合に該当し、右三〇条の適用はなく、もつぱら労働基準法第一一五条の適用があるものとなすべきである。してみれば控訴人らの本件日直手当の請求権は二年間これを行わないときは、時効により消滅するものと断ずべきである。

以上の次第で、原判決は相当にして、本件各控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条により、控訴を棄却し、控訴費用の負担につき同法第九五条、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松村美佐男 飯沢源助 高井清次)

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